ブータンの首都ティンプーでのワークショップを実行するべく現地に滞在するアーティスト五十嵐靖晃と北澤潤の日記。

2011年4月8日金曜日

7,8日目 北澤潤

2011331日 41

 

 残りの数日間は、《School of Sky》が終わった余韻のなかで過ごした。そしてブータンとの関係はこれからも続くことを理解する日々となった。

 

 日比野さんと五十嵐さんと三人で、首都ティンプーの各所を訪ねまわる。62mの大仏をみたり、伝統的な美術学校を訪問したりという観光的な動きと同時に、大学でのレクチャーや政府の要人とのミーティングをおこなった。ブータンの偉い人たちにひたすら会いまくってきた。なぜかというと、日比野さんが日本とブータンの観光大使であるということを切り口に、ブータンにおけるアートプロジェクトを将来的に仕掛けていくことを企図しているからである。

 

ブータンの人と話していると日本人とブータン人はとてもよく似ていると言われる。私もそう思う。五十嵐さんはチベット、私はデュパと言われる。大きく5つの地域に別れ言語も異なるブータンのなかで五十嵐さんは北の方のチベット由来の民族、私は中央のブータン古来の民族に顔が似ていると言うわけだ。ブータンを現場とした活動とともに、ブータンと日本を繋げる活動にも可能性はあるだろう。民族の距離を超えた類似性の探求、経済発展の果てのような日本列島といままさに発展と伝統の狭間に立たされているブータンの比較。

 

ブータンには舗装された道路はまだまだすくない、橋もすくない、トイレは全てバケツの水を桶を使い自分で流す。こういった状況をひとつひとつ改善していこうとしている。要するに「次の生活」をつくろうとしているのだ。我々のもつブータンに対するイメージのひとつであるGNH(国民総幸福量)という概念が、人間の幸福とは何か、という問いを発する基準であると外部は思うが、直接会った観光局の長官や外務大臣の言葉からは特にそう伺い知ることはなかった。生活を整え発展させていく、日本は他国より急激に発展したのでお手本だ、と言う訳だ。

 

31日にあった観光局長は日本でのブータンの認知度をあげてほしいと言う。観光がおおきな産業であるブータンにとって、米国に次いで観光客の多い日本は重要な国であることに間違いはない。外資も重要であるので、ブータンに投資してもらうために認知度はとても重要だと語る。

 

この国のもつ日常の美しさを失ったらきっと観光もなにもなくなるだろう。都市化しつつある首都ティンプーはすでに旅人の理想を大きく裏切る様相である。もっとブータン古来の日常性を尊重した観光政策が必要とされるだろうと日比野さんが観光局長のワンゲさんに伝える。そしてここでアートの力を使えないか、ということなのである。国の観光を左右する規模の大きな物語だ。

 

簡単に整理すると、ブータンの日常生活がもつ豊かさを観光客は求める、それなのに局長のいう松茸祭り等のコンサル的イベントはなかなか悲惨である。ただ日常生活を見せようというのもまた難しい。家を皆でつくる姿が面白いので観光資源にしようとすると観光化された文化に一気に置換されてしまう。観光客が来たから一生懸命家をつくり、いない時はつくらないといった目的不純な観光文化が創出されてしまう。これは観光客と土地があまりに表面的な接点しか持たないという前提が大きな問題となっているだろう。記念写真とか、ガイドの説明を聞くとかいう単純な接点。

そこで地域と余所者の関係性を絶妙に複雑化する可能性をもつアートプロジェクトはどうかということだ。日本での認知度アップ、観光人口の増加、経済発展といった行政的条件とどう付き合うかが難しい。

 

このまだ特に決まっていない壮大な計画を、数ある条件とすりあわせてつくっていくことになるのか。今回の滞在と《School of Sky》は、最初の事例をつくるという目的をもっていたわけだ。BBSの波及力はすごいので放送でかなりの人がその事例を知っただろう。

 

Druk Schoolでのとても近い関係性、そこから、国と国の関係性まで。どちらも同時にうまく構築するにはどうするのが面白いか。そんな思案を、大臣との会食や、観光、夜中のブータンビールやピーナッツマサラをつまみながら考えていた。

 


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